40代で発症したクローン病患者が、完治を目指して、薬なしの闘病で経験したことを綴ります


by Cheesman
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カテゴリ:発病まで( 6 )

年末年始は自宅で過ごしました。
入院生活は検査以外は退屈でした。お腹が痛くて眠れないのに消灯が早いので、読書で気をまぎらわすわけにもいかないし・・・。
反動というわけではないですが、大晦日は紅白を見ました。小学生の頃を最後に見ていなかったので、もう何年ぶりになるか・・・?
惰性でさだまさしの低予算番組も見てから寝ました。

翌1日の晩は、どのように過ごしたのか全然記憶にありません。腹痛と下痢のため、外出できたはずもなく、きっと朝から晩までごろごろしていたのだと思います。

1日の深夜というか、2日の早朝ともいうべき時間帯に、突然腰のあたりに激痛がきました。腎臓より少し下のあたりだろうというのは自分でも分かりますから、結石だろうという察しはつきます。初めての体験ですが、それ以外にこの痛みを説明できるものはありません。しばらく床で転げ回ったあげく、妻に頼んで病院に連れて行ってもらいました。

入院中にベーチェット病の検査で私を診てくれた眼科医が当直で、専門外だから何もできないと痛み止めの座薬だけもらって帰宅。担当医が交代する朝まで待ってくれということです。座薬を入れたらしばらくして痛みはおさまりました。

その数時間後、ふたたび激痛がやってきました。もう病院は開いている時間です。もちろん診察はお休みなのですが、急患の相手はしてくれます。今度は医師が代わっていました。やはり尿路結石だとのこと。くれたのは同じ座薬。看護士さんに座薬を入れてもらい、痛みがおさまったところで帰宅。その後も痛みが襲ってきましたが、もうどうすることもできないので、ひたすら水を飲み、栄養失調でフラフラの足で何度も階段の上り下りをしました。結果的にはこれが効いて、いつの間にか痛みは去り、その後再発することもありませんでした。

「今会いに行きます」と「世界の中心で・・・」のビデオを借りてきて見ていたのに、自分の方が可哀想で(?)あんまり泣けませんでした。ストーリーもよく覚えていません。

その3日後が私にとって2006年最初の正規の診察でした。
そこで初めて「クローン病に間違いないと思う」と言われたのでした。

年末年始の空白期間は何だったのかというと、主治医が勉強するための時間であったということでしょう。休みの間に大学病院で先輩たちからいろいろ教えてもらって、多数決で決まったような確定診断だったわけです。

それほど診断が難しかったわけなので、今さら「クローン病です。治りません。治せません。」と言われてもすぐに受け入れられるものではありません。ただで治療してもらえるという言葉に、特定疾患の登録だけはしておこうという気持ちになりました。この時に初めてペンタサエレンタールをもらって帰ったのですが、受け入れられないのだから飲むわけがありません。それに暮れにもらった薬も全部やめてしまったのでした。

端から見れば自暴自棄にも映ったかもしれませんが、そういうことではなく、腹痛や下痢が薬の副作用によるものではないかという疑問を抱いていたので、クローン病の治療を始める前にそのことをはっきりしておきたかったのです。
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by cheesman | 2007-06-14 06:19 | 発病まで | Comments(0)
入院後は検査の連続でした。

まだ何の病気か分かっていません。CTをやり直して、ようやく大腸あたりに潰瘍ができているようだということになりました。バリウムもやりました。エックス線写真を見ると大腸のいたるところで内壁の断面がまるでノコギリの歯みたいにギザギザになっています。潰瘍のでき方が半端ではなかったそうです。劇症の大腸炎です。

ただし、本当の病名となると、これは内視鏡で見ないとどうにもならないだろう、ということで、お尻から内視鏡を入れました。この検査の痛いこと、痛いこと。あらかじめ経験者の話を聞いて「大して痛くない」ということだったのですが、それは健康な人の話。潰瘍ができていれば別です。

内科の主治医はまだ若く、内視鏡の扱いに慣れていないようです。麻酔をかけてくれないし、大腸のいたるところに潰瘍ができまくっているし、主治医は内視鏡の先端を腸壁のあちこちにぶつけるし、回盲部では強引に回腸に入れようとして何度もつつくし・・・。「痛いね~、ごめんね~」と言いながらもやってることは案外乱暴。下手すりゃ腸が破れているところです。私のうめき声は病院の廊下にひびき渡っていたようで、検査が終わったときには、次の患者にいたく同情されました。内視鏡の乱暴な扱いについては、幸いあきらめた主治医が途中でベテラン医師にバトンタッチしてくれたので破裂を免れた次第。

結果的には、この検査でもまだ病名が確定しませんでした。この年の秋は動物と触れ合うことが多く、それが元でぜんそくが出ていたこともあり、主治医はまずエルシニア腸炎という人畜共通感染症の線から調べて行きました。しかしバイオプシーでサンプルをとったときには抗生物質をしこたま投与した後なので(?)、何も出てこず、やはり原因不明。腸結核の可能性も否定されました。

次はベーチェット病の疑い。眼科に回され徹底的に調べられましたが、眼に関してはいたって健康そのものという診断。

結局確定診断がつかないまま時間切れ。つまり年末年始のお休みに入ったのです。抗生物質のおかげかCRPも一応(と言っても7まで)下がってきたし、診断がつかない以上、治療方針も立たないということで、晴れて(?)帰宅とあいなったのでした。

もちろんクローン病の可能性が高いことは示唆されていましたが、この段階ではそれを受け入れる準備は当然できていません。確定的な要素がないために医師も迷っていたのですから。抗生物質が効いたことが、細菌感染による腸炎を示唆していましたから、ここまでひどくなった背景には複数の要因がからんでいたと見るのが普通でしょう。
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by cheesman | 2007-06-12 19:10 | 発病まで | Comments(0)
胃炎のために2005年は苦しい夏をすごしました。お盆の時期には便に鮮血がしたたり、切痔も発症(医者に診せてないので自分の見立て)。子どもたちは夏休みを楽しみにしているので、痛いお腹をがまんして海水浴やキャンプに。

8月末、ただの胃炎にしては、こんなに長引いて良いのかと不安になり、初めて受診。これまで大きな病気をしたことがないから病院は嫌いなのです。受付が済んでから診てもらうまでの、あの無駄な長い待ち時間が許せないのです。しかしそうも言っていられないということで、仕方なく診てもらったら、結果はやっぱり胃炎。

「ピロリ菌もいなかったし、大したことないですよ。薬出して欲しいですか?」
薬なしで治るならそんなものいりません。薬を処方してもらわずに病院を後にしました。結果的にはその後1ヶ月も胃の痛みで苦しみ続けることになります。

胃の痛みがまだ残る9月末のこと、鼠蹊部に痛みが出ました。出張前だったので、盲腸でないことを確認したくて受診。やはり盲腸ではなく、かといって結石があるわけでもなく、原因不明で片付けられました。医者に励まされ、出張に行くことに。(ここまでは内科での話です。)

10月の2週間の出張中、胃痛と下痢に悩まされます。会議も時々中座しなければなりません。胃が働かなければ下痢も仕方ないと思っていました。8月以来、下痢はたびたびあったのです。

出張から戻りしばらくするうちに胃の痛みは次第に消えて行き、代わりにへその下数センチで体の奥の方から痛みがくるようになりました。不思議なことに排尿すると痛みが和らぎます。この痛みは日ごとに強くなり、膀胱がいっぱいでもないのに、夜中に何度もトイレに起きないと、痛くて眠れないほどに悪化しました。

病院では泌尿器科に回されましたが、原因はつかめず、痛み止めだけもらって様子を見ることに。CRPが妙に高いということで医師は首をかしげるばかり。(このお医者さまはまったく見当違いの病名を考え、それに固執した結果、私の治療は大幅に遅れることになったのでした。といってもこの手の話はクローン病ではよくあることですね。ただし消化器系の病気であることを見抜けなかったのはどうかと思います。)

痛み止めは全然効きませんでした。超音波やCTの検査を受けましたが、原因を突き止めることはできませんでした。しかもCTの結果から「あなたの消化器は健康そのものです」なんてことを言われたものだから、痛みが腸から出ているなど思いもよらず、11月の出張では旅先で辛~い食事をとることに。しっかり下痢しました。

あいかわらず主治医は様子を見たいの一点張り。CRPの異常に気づきながらも、自分がこれと見立てた患部がもっと悪くなるのを見定めたかったのです。悪いのは「そこ」ではなかったのだから、いつまで経っても悪くなるわけありません。炎症が起きているのははっきりしているのだし、痛みがひどいのだから、抗生物質ぐらい出してくださいとお願いして、やっと薬を出してもらいました。そして少しだけ痛みは和らぎます。

12月に入っても状況は全然変わらず、というより症状は悪くなるばかり。主治医はやっぱり「もう少し様子を見ましょう」と言い、効きもしない痛み止めをもらって帰宅。その翌日でした。腹痛がもはや我慢できないレベルに達し、体温は39度を超えました。救急外来へ。たまたま当直をしていた主治医が診てくれて言いました「入院するほどのことはありませんよ。でも入院したいですか?」

CRPは20を超えていました。信じられない医者です。とにかく入院させてもらったのですが、このお医者さまは、あろうことか私を外科に回そうとしたのです。どこが悪いのか分からないのに、どこを切ろうというのでしょうか?外科の外来の看護士も驚いていました。しかし週末にかかっていたため、検査もできず、外科病棟で「どこか切られてしまうんだろうか」と不安な思いをかかえたまま週末を過ごします。週明けの検査で、最終的には内科の範疇ということに落ち着き、病棟も外科から内科へ移動し、無事主治医交代。

これが最初の入院までの顛末です。

11月ぐらいでしょうか、回りからは医者を変えた方がいい、と言われていました。職場でも時々横にならないといけないほどの痛みだったため、上司も心配してくれました。同じ病院にこだわったことについては反省していますが、元々が病院嫌いだったため、わざわざ遠くの病院に行くのが面倒だったのです。一番近くの病院で片付いて欲しいという、いい加減な気持ちと、たまたま私を診た医師のレベルが低すぎたことが、このような事態を招いたと考えています。

クローン病と診断されてからこのサイトをお読みになった方には何の参考にもならないでしょうが、もしも健康な方が(あるいはまだ病名がつかない段階で通院している方が)読んでおられたら、私のような失敗をしないよう気をつけてください。「様子を見ましょう」の言葉が何度も医師の口から出る場合、その医師がヤブである可能性も考えた方がよいように思います。
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by cheesman | 2007-06-10 07:04 | 発病まで | Comments(0)
2005年は自分より一回り以上も若い人たちと激しいスポーツをよくやりました。その頃は鼻呼吸の重要性など全然知りませんでしたから、プレーでハァハァ、ゼェゼェやって、夜寝ているときもグゥグゥ、ガァガァいびきをかくことが多かったと思います。

仕事では非常に重荷となることを依頼され、ずっと心に重くのしかかった状態が続いていました。私生活でも同様に重荷となる頼まれごとを引き受けるはめになり、これまた悩みの種となっていました。おまけに出張前に仕上げないといけない仕事の山をこなすために、猛烈に仕事をやり、8月に出張先で激しい腹痛に襲われたのでした。

空港で食べた昼食がラーメン。これはしょう油味のあっさりしたもの。でも他に野菜などを摂ったわけではないので、栄養のバランスは貧しい限り。そして出張先に到着して食べた夕食がラーメン。こちらは仕事仲間と宿の近くで食事をしようということになり、ホテルで教えてもらったのがたまたまラーメン屋だったわけ。ここのラーメンもしょう油味でしたが脂こってりのより不健康なタイプでした。夕食後に違和感を覚え、翌日にははっきりとした腹痛に発展していたのです。

夏に激しいスポーツをやり、それがストレスとなっていたのに加え、冷たいものをふんだんに飲み、口呼吸の習慣をしっかり身につけ、仕事や私生活でもストレスをためこむという、非常によろしくない状況に自ら身を置いておき、仕上げにすきっ腹へのラーメンの連食。水が満々とたまった堤が崩壊した瞬間にたとえられるかもしれません。もちろんこの程度のことを日常茶飯事でこなしている人は多いでしょうが、体質的なものもあって、私には限界だったのでしょうね。

これが発病の発端です。この時はまだ胃炎に過ぎなかったはずです。しかしこの胃炎がなかなか治らなかったのです。
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by cheesman | 2007-06-06 06:38 | 発病まで | Comments(0)
大学に入ってからは精神的なものが原因となった下痢はほとんどなくなったように思います。時々下痢したのはもともとお腹が弱いのに、脂っこいものを無理して食べた時などです。しかし便通は規則正しくなかったので外出がきらいでした。

20代も半ばを過ぎたあるとき、厳格な菜食主義者の食生活に触れる機会があって感化されました。1週間取り入れてみて、お腹の調子がすごくよくなったことに気づき、それ以来玄米ご飯と具だくさんの味噌汁を基本とした食事を組み立てるようになりました。それからは下痢することはほとんどなくなりました。毎朝コップ1、2杯の水を飲むようになったのもこの頃です。これによって便通が規則正しくなり、外出が苦にならなくなりました。

人に招かれたり、外食したりすると徹底するのが難しくて、いつしか妥協するようになったものの、昔の日本人が食べていたいわゆる粗食のよいところを取り入れた食事をしていたと思います。毎日の食生活にも妥協が徐々に入り込んできましたが、基本的には肉は食べず、動物性たんぱく質は玉子か魚から摂っていました。ペスコ・オボ・ベジタリアンというやつでしょうか。

油については、亜麻仁油がよいことを一応は理解しつつも、高価で入手しにくいことから、一般のサラダ油を使っていました。てんぷらなどの油っこいものは滅多に食べなかったので、それでもいいと思っていました。冷蔵庫にはバターもマーガリンも入っていましたが、パン食がそれほど好きではなかったため消費量は少なかったように思います。

学生時代以降の食生活で一番問題があると思うのは、就職してからの昼食でした。学生時代は学食を利用していましたが、就職してからはインスタントもので済ませることも多く、週に2、3回はカップ麺などを食べていました。朝と晩をしっかり栄養あるものを食べているので、お昼はカロリー補給程度にしか考えていなかったのです。

もう一つの問題は晩御飯の時間が不規則だったことです。仕事が早く終われば6時の帰宅というのもありましたが、10時や11時を回ることも多く、それから晩御飯ということもざらだったのです。疲れきって帰宅しますから食べてすぐ寝てしまいます。これで病気にならなきゃうそですよね。でもだからといってクローン病というのはあんまりだと思います。

まとめてみると栄養のバランスはそれほど悪くなかったと思います。しかし昼食をおろそかにしていて、しかもインスタントものに頼ることが多かったため、添加物は案外たくさん摂取していたんじゃないかと思います。夕食時間の不規則なところも健康を害する原因の1つであったろうと思います。しかしこの程度でクローン病になるのなら、世の中にクローン病患者はもっといるはずなので、他にも原因があって、いくつかの要因が重なって発症したのか、やはりもともとの体質的な弱さにも原因があったのではないか、そのように解釈しています。

他の原因というのはもちろんストレスもありますが、やはり西原先生が指摘しておられるように「冷たいもの中毒と口呼吸」ですね。毎朝水を飲む習慣がいけなかったことと、暑い時期にはダイエット炭酸飲料を1日に何本か飲んでいましたから、それでお腹を冷やしていたのは間違いありません。欧米ではクローン病と食事との関係を疑う見方が有力なようですが、日本ではどうでしょうか?食事自体の欧米化もあったでしょうが、私のように欧米化が顕著でないケースもあるわけで、それよりも食事の欧米化とともにやってきた冷蔵庫の普及とどこにでもあるジュース類の自動販売機というのが案外無視できない要因なのではないでしょうか?
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by cheesman | 2007-06-05 06:09 | 発病まで | Comments(0)

発病まで その1 体質

今日から数回にわたり、発病までの経緯をご紹介しようと思います。クローン病が原因不明の病気とされている理由の1つに、原因が1つではないということがあるのではないかと思うのです。ですから食事に関しても対処の仕方が人それぞれになるのはやむをえないのではないでしょうか。

私は子どもの頃からよく下痢をしました。「案外図太い性格」だと親からは冗談混じりでよく言われますが、神経質な一面も持ち合わせていたように思います。要するに小心者なのです。

今でこそクレオソートの危険性を説いてくれる方々がいて情報が多くなっていますが、当時は正露丸が我が家の常備薬でよく利用しました。歯が痛ければ詰めるし、ちょっとお腹の調子が悪ければ飲むし、日常生活に欠かせない薬でした。

小学校の頃から正露丸を服用し始め、中学高校では2日に一度はお世話になっているような始末でした。思えばこの習慣によって腸が決定的に痛めつけられてしまったのではないかと思っています。

どんな時にお腹をこわすかというと、試験前。これは精神的なものです。他には牛乳、脂っこいもの、辛いものを摂ったあとなど。クローン病の原因として乳製品の摂り過ぎをあげる医師もいますが、私の場合は当てはまりません。それほど好きではなかったので小学校で給食が終わるとともに毎日牛乳を飲むという習慣からはさよならしています。ヨーグルトは嫌いではありませんでしたが毎日食べるほどではありませんでした。

肉や香辛料はとりたてて好きというほどではなかったものの、大学までは菜食に挑戦したこともなく、肉も玉子もない食卓というのは味気なく感じる、そんなごく普通の(?)若者であったように思います。しかし菜食を理想とする母の影響で野菜をふんだんに食べる習慣は子どもの頃からあったので、クローン病の原因の1つとして言われる「欧米型食生活」というのは自分には当てはまらないと思っています。朝食の基本はご飯と味噌汁でしたし。

トランス脂肪酸については改めて書く機会があろうかと思います。ここではマーガリンについてちょっと触れておきましょう。トランス脂肪酸の害については最近騒がれるようになったばかりで、私が子どもの頃はそういうことを言う人はいませんでした。だから学校給食ではふつうにマーガリンが出されていましたし、不味いと思いながらも毎日パンにぬって食べていました。母も植物油が原料だからということで、バターよりもマーガリンの方が体にいいのだと言っていたと思います。これが時代の流れだから仕方ない面はあるものの、こうして私の世代は国によって危険な油を毎日食べさせられてきたことになります。(今でも学校給食ではふつうにマーガリンが出されているみたいですけどね。)

こうやって振り返ってみても、自分がとりたててクローン病になりやすい素質をもっていたとか、間違った生活習慣があったとか、そういうことは思い当たらない子ども時代を過ごしてきました。あえて言うなら正露丸でしょうか?これについては勝手な思い込みで、因果関係は全然ないのかもしれません。要約するなら、普通の子どもよりも若干胃腸が弱くてお腹をこわしやすい、そんな体質の子どもだったということになります。
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by cheesman | 2007-06-04 06:05 | 発病まで | Comments(0)