40代で発症したクローン病患者が、完治を目指して、薬なしの闘病で経験したことを綴ります


by Cheesman
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カテゴリ:入院治療から再燃まで( 5 )

最初の再燃

2006年4月は退院して間もなく、歩いていても足元がおぼつかなく頼りない感じでした。寝てばかりいたので体力が落ちるのは仕方ないし、低栄養状態から完全に回復したわけではなかったので、気長にリハビリすることにしました。

体調は日に日に良くなっていき、入院中に買っておいたラーメン屋特集の冊子を持って、食べ歩きを始めました。油がよくないことは分かっていたので、食べ歩きと言っても週に1軒程度です。しかしこういう油断は食生活全般に現れるもの。食べられるうれしさから、徐々に食事制限が厳格さを失って行きました。あまり調子がよいので、完治してしまったのではないかと勘違いしていたというのもあります。(実際には肛門付近からの膿の排出が完全に止まったわけではなかったので、完治していないことは知っていたのですが、そう思い込みたかったのだと思います。)

5月になると体も動くようになってきたのでテニスも始めました。最初は壁打ちから。スタミナがついてきたらコートに出て。この頃便が少しゆるくなり始めて異変を感じましたが、下痢というほどではなかったので様子を見ることにしたのでした。

6月には自分よりも二回りも若い人たちと真剣にテニスをするようになっていました。しかし体調は万全ではなく下痢をすることが多くなってきました。当然食べ歩きのような馬鹿なことはすでに止めて、退院当初の厳格な食事制限に戻したものの、あまり効果はなかったようです。

7月には毎日のように下痢が続き、体調も悪く、もはやテニスができる状態ではなくなりました。このままではまた入院生活に戻ってしまうと考え、先手を打って経腸栄養のためのポンプのレンタルを病院に申し込みました。食事は1日1回軽くとるにとどめ、夜間にエレンタールを1800kcal分注入する毎日となりました。

6月までさぼっていた爪もみも再開したのですが、今回は効果がなかったようです。当時の日記に「痔の痛み、出血ともひどく耐え難し」と書いてあります。結節性紅斑も出て歩くのが困難になってきました。7月7日のCRPは3.24でしたが、中旬を過ぎると急速に悪化して行っているのが検査をしないでも分かるほどでした。

初めて経験する再燃です。この再燃を通して自分も晴れて一人前の(?)クローン病患者になったことを実感したのでした。

当然のことながら薬は一切飲んでいなかったし、爪もみも真面目にやるようになっていたので、これでも治らないとなると、もはやお手上げで絶望です。困り果てたときに頭に浮かんだのが「自律神経免疫療法」でした。
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by cheesman | 2007-07-10 18:54 | 入院治療から再燃まで

療養時の工夫あれこれ

入院中に服薬の中止と爪もみで劇的に回復した私ですが、それだけで回復したと考えているわけでもありません。当たりはずれはあったでしょうが、いろいろと努力をしていたので、そのうちのいくつかがベースになって回復するための下地を作ってくれたのではないかと思うのです。

以下にご紹介します。

日田天領水  活性酸素を無毒化してくれるという比較的高価な水です。腸によけいな刺激を与えたくなかったので、これを沸かして飲みました。冷水や冷たい食べものは一切口にしませんでした。経済的にきついので今はやめていますが、確かにおいしいし、安心して飲むことができました。

チャコール  スーパーチャコールという質のよいチャコールを入手し、茶さじ2杯ほどを毎日、日田天領水のお湯でといて飲みました。チャコールには腸内の毒素を排出するのを助けるという働きがあり、アメリカの自然療法の専門家が使用を薦めています。

アンブロトース  糖質栄養素です。自己免疫病は細胞表面の糖鎖の異常が原因だとする説があり、まっとうな糖鎖を作るための原料を食事として摂る必用があるといいます。一時的に会員となって入手したアンブロトースをエレンタールに混ぜて飲みました。「糖鎖のチカラ」(安藤幸来著 四海書房)を読むと、なるほどという説得力があります。しかし、こういう特殊なものの力を借りないと病気が治らないこと自体が「不自然」に思えて、今ではやめています。

アップルペクチン  以前紹介したものです。入院中はエレンタール1包にアップルペクチンを1包、アンブロトースを茶さじ1杯、それにフレーバーを入れて飲んでいました。エレンタールは1日に6包ぐらいとっていましたが、スペシャルブレンドは1包だけ。その他はフレーバーのみで飲むか、フレーバーなしで鼻から注入していました。ペクチンは腸内細菌のえさです。腸内細菌(酪酸菌?)が作り出す酪酸は腸粘膜細胞の直接的エネルギー源となるということで、腸を元気にしようというのが狙いでした。

カイロ  使い捨てカイロをお腹のあたりにはりつけて、とにかくお腹を温めるよう努めました。細胞に寄生した常在菌が細胞のエネルギーを横取りして機能障害を起こしているのが難病だという西原先生の説を信じました。加温することでエネルギーを作り出すミトコンドリアの活性を高めることを目指したわけです。その他にも体を温めて病気を治すという先生はたくさんいらっしゃいます。

この中で益にこそなれ、害になったものは1つもないはずです。それぞれがどれだけ効いたかは自分でも判断がつきませんが、何もやらなかったら、あるいは爪もみだけでは窮地を脱することができなかったのではなかろうかと思います。一応それぞれに理屈はあるので結果オーライです。


反対に効かなかったように思えるのは、トランスファーファクター(TF)とタヒチアンノニジュースでした。TFもクローン病に効くといううたい文句でしたが、入院前に2週間ほど試したところ良い結果が得られなかったのと、大量の錠剤を飲み続けるのが苦痛だったので長続きしませんでした。これは通常の数倍量服用することを前提として、1ヶ月分を友人からいただいたものです。使い切る寸前に入院となり、ひとまず中止したのでした。そして爪もみで退院に至ったため、私にはあまり効かないという印象を持っています。もちろんこんな高価なものを下さった方には涙が出るほど感謝しています。ノニジュースには鎮痛剤としての効果を期待しましたが、私には全然効きませんでした。結構な量を1ヶ月飲み続けたのですが、潰瘍が治る兆候が見えないどころか、痛みを全然おさえてくれなかったのです。ノニの鎮痛効果は人を選ぶようです。

クローン病も症状の出方が人によって異なるように、薬や民間療法でも、何が効くかは人それぞれだということなのでしょう。比較対象を設けたいわゆる対照実験ではないので、決定的なことは言えません。しかし私の場合は上に挙げたような民間療法と服薬の中止、そして爪もみのセットが効いたのだと信じています。しかしご自身で試される場合には、あくまで自己責任で、そしてできることなら主治医によく相談した上でされることを強くお薦めします。ただしこれは現在の裏主治医と出会う前の話ですから、今の私がどんな治療を受けているのかについては、もうしばらくお待ち下さい。順を追って説明しますので。
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by cheesman | 2007-07-09 21:36 | 入院治療から再燃まで

退院へ

入院時のCRPは9.73で1週間後は8.41。若干落ちてきたものの、合併症で状態はむしろ悪くなっていました。

当時の日記によると、「仕事中にイボ痔がはぜた」とか「両ひざさらに痛く歩行困難」とあります。医学的にはイボ痔ではないと思います。ともあれ肛門周囲のできものが大きく腫れて、痛みのためにきちんと座れなかったのですが、仕事で無理して座っていたらそれがはぜて中から膿が出てしまったようです。これで痛みは少しだけ和らぎましたが、その後膿が出続けるので、女性用のナプキンが手放せなくなりました。(結婚していてよかった!心からそう思いました。)

「仕事中に」というのは、入院してはいたものの、年度末の仕事を休むわけにもいかず、病院から出勤していたわけです。ところが脚の腫れがひどくなってきたために仕事に支障をきたすようになりました。車椅子では車の運転もできないので、数日間は完全休養となりました。

入院2週間目のこと。週末には上司の退職祝賀会があり、それにはどうしても出席しなければならない状況。困り果てた私は薬を一切やめてしまいました。翌日には痛みに耐えて歩けるようになり自分でもびっくりしました。しかしCRPはまだ6.22でけっして低いといえる数字ではありません。主治医には薬をやめたことはまだ怖くて話していません。

そんなときに主治医からステロイドを薦められたわけです。悩みに悩んだあげく、ステロイドはおろかペンタサさえもやめたいと伝えました。さすがにすでにやめているとは言えなかったのです。意地悪な医者の話は枚挙に暇がないので、私も何と言われるかハラハラしましたが、主治医の先生は私の考え方を尊重して、とりあえず薬をやめてエレンタールだけで様子を見ることに同意してくれたのです。

薬をやめたのはもちろん安保徹先生の著書をいくつか読んでいたからで、ペンタサをやめると同時に爪もみも始めました。そして劇的に回復していき、週末の祝賀会には杖もなしで出席することができました。そして服薬中止から1週間後にはCRPが1.07まで下がったのです。栄養状態はけっしてよくなかったので、入院はそのまま続け、注腸検査で潰瘍が落ち着いてきたのを確認し退院となりました。2006年の3月下旬、入院から5週間後のことでした。

おぼれる者は何とやらで、私がやったのは爪もみだけではありません。その事は次回書こうかと思いますが、しかし回復の転機となったのは服薬の中止と爪もみ、この2つに違いありません。そして安保先生が繰り返し説いておられるように、白血球のバランスがよくなると同時に炎症反応が消えていったのです。たとえばリンパ球はCRPがひどい時には14.4%まで落ち込んでいましたが、退院1週間前には28%まで上昇していたのです。クローン病と自律神経の関係がよく分かるデータです。なのに主治医も主治医の上司もそのことには一切注目していないようで、白血球の数やバランスに関するコメントは入院中もその前後も全然聞くことがありませんでした。不思議です。
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by cheesman | 2007-07-06 06:04 | 入院治療から再燃まで

入院そして合併症の発症

CRPが9まで上がった入院前の最後の診察のときに、ついでに外科でお尻も診てもらいました。痔ではないかという痛みがあったからです。

外科医はやさしそうな先生でしたが、私の肛門に強引に指を突っ込んでグリグリ刺激したあげく、「これは痔というほどのものではありませんね。本当の痔なら痛くて触らせてさえくれませんよ。」とおっしゃいました。現実には無茶苦茶痛くてうめき声をあげていたのですが。

それ以来、お尻が痛くてまともに歩けなくなりました。肛門に変なできものができて、日ごとに大きくなり、そこが痛むのです。膿がたまって神経を刺激するのか、座ることさえできなくなりました。検査の物理的刺激がきっかけになって急速に悪化したとしか考えられません。

小腸バリウムと大腸ファイバー、それに痔の検査、さらにはペンタサとエレンタールでぼろぼろになった状態での入院となりました。2006年の2月中旬のことです。今でこそエレンタールは平気になりましたが、当時はエレンタールを少し口にしただけで下痢になるありさまだったのです。もちろん検査でのんだ下剤がきっかけだったのは言うまでもありません。(被害妄想に聞こえるかもしれませんが、検査さえしなければ、私はクローン病の疑いをかけられただけで、さっさと治ってしまったのではないかとさえ思います。今でこそ自分がクローン病だというのは自覚していますが、当時はそこまで冷静でなかったため、この心理状態が私のその後に大きく影響しました。そしてそれはかえって良かったと思っています。)

当初は2週間も絶食してエレンタールを飲めば緩解導入できるだろうという話でした。しかしその間にお尻の痛みはどんどんひどくなるし、脚が妙に腫れて立てなくなるしで、退院はいつのことやら、そんな雰囲気でした。(後にこの腫れが結節性紅斑というクローン病によくある合併症だというのを知りました。)車椅子を使わないではトイレにも行けなくなった時点で、事態を重く見た主治医がステロイドの使用を提案しました。

2週間も入院していると何もすることがないものだから、病床で本を読みまくっていた私は「やっぱりきたか」という思いでした。安保徹先生や西原克成先生の本で一般的な西洋医学による難病治療のたどる道を学んでいたからです。すなわち非ステロイド系消炎鎮痛剤(いわゆるエヌセイズ)に始まりステロイドを経て最後は手術に至るというルートです。そして一旦手術するとそこからまた症状が悪化してさらに治りにくくなるという底なしの穴へ!

こうなってくるといよいよ安保先生たちが提唱される自律神経免疫療法というのに賭けてみる価値が高いように思えてきます。というよりも手術だけはまっぴらごめんと思っていた私には、それしか残された手段がないように思われました。
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by cheesman | 2007-07-01 15:42 | 入院治療から再燃まで

治療入院へ

これから数回に分けて最初の再燃までの経緯をお話しします。

2006年の始めの診察でクローン病と診断されました。

多数決で決まったような診断なので、すぐには受け入れられず、もう一度入院して治療しましょうとの呼びかけにも、「もう少し待ってください」と返答し、検査の予約だけしました。

しかし仕事が忙しくて検査が受けられず、2週間が経過したところで、心配した主治医から職場に電話が入りました。医者が患者を心配して職場なり自宅なりに電話してくることは普通では考えられないことだそうです(ある医師の談話)。そういうことをあらかじめ聞いていたので、この若い主治医の熱意に感動しました。

実際はこの2週間の空白というのは、薬を一切やめて、ふつうの食事(玄米ご飯)をしていたのですが、いたって体調がよく、下痢もなくて、ほとんど回復に向かっているのではないかと思えるほどでした。クローン病というのはいつ発症したのかが分かりにくい病気ですから、今でも私は、この時はまだ発症していなかったのではないか、発症寸前のところで持ちこたえていたのではないか、という疑念を抱いています。

ともあれ主治医の熱意に感動した私は1月下旬に小腸バリウム大腸ファイバーの検査を1週間おきに受けました。そして見事に体調を崩しました。それまでは大丈夫だったのに下痢が止まらなくなったのです。飲まされた下剤のせいだというのは明白です。

検査結果では回腸の末端にびらんが認められるとか、上向結腸に潰瘍があるとか言われましたが、だからといってクローン病だというわけではなく、最初の入院時からそういう症状はあったわけで、まだ治りきっていなかっただけのことでしょう。CRPは5に達していましたが、今思えば大した数値ではなく、入院するほどのことはなかったのではないかと考えています。(こういうことは結果論しかできませんから、医師でさえ確かなことは言えないはずです。私の考えは馬鹿げているかもしれませんが、もしかしたら正しいのかもしれません。)

大腸ファイバーの結果を受けて、主治医からはあらためてペンタサエレンタールが処方され、服用を開始しました。そして坂道を転げ落ちるように体調が悪化して行きました。大腸ファイバーの翌週CRPは9まで上昇し、その1週間後に入院したのです。

単なる巡り合わせと言ってしまうこともできるでしょうが、私にとっては検査で病気になる、薬が症状を悪化させると思いこませるに十分なだけのインパクトのある1ヶ月間だったのです。
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by cheesman | 2007-06-28 18:17 | 入院治療から再燃まで